◆突然の死に対する備えを考える風潮になってきた
数年前までは、生きている間に葬儀を考えておくことはタブー視されていましたが、最近では、事前相談、
見積りなど、そしてインターネットの普及に伴い、情報を手軽に得ることができるようになり、そういった
考えも幾分薄らいできました。
また予測不可能な地震などの大規模な天災が、日本では阪神淡路大震災、東日本大地震と20年の短い期間
に2度も経験することとなりました。
そのような経験から、突然の死に対する恐怖とともに、突然の死に対する備えを考える風潮になってきたと
いえます。
◆いずれ訪れる人生のラストステージを考える時代になってきた
また、今まで当然のように、人の最期は、病院で臨終を迎え、親族に送ってもらえるというように考えて
きました。しかしながら、これはむしろ、人の最期の理想的な姿であるといえるようになってきました。
死は誰しも100%経験することです。死を見つめることが、今の生き方を考えることにもつながってきます。
いずれ訪れる人生のラストステージを考える時代になってきたといえるでしょう。
葬儀は、そのラストステージの中の最期の締めくくりであるともいえます。その人の集大成を表現する場所
でもあります。後悔しないためにも、前もって準備することは山ほどあります。前にも述べましたが、事前
相談が増加傾向にあります。時代はどんどん変化しています。
祭壇や棺の種類も自分で選ぶ、遺影写真を選ぶ、会葬者も選ぶ、葬儀の内容を予め故人自ら選ぶ時代が近づ
いているのではないでしょうか。
「終活」という言葉もよく耳にするようになりました。終活とは自分の人生の終末のためにする活動のことです。
終活と聞いて、記憶に新しいのは41歳の若さで2012年10月2日に死去した金子哲雄さんです。
肺カルチノイドで亡くなった流通ジャーナリストの金子さんは、生前に自ら斎場を手配して、
遺影や祭壇に飾る花もわざわざ選んでいました。お墓の準備も怠りませんでした。
参列者に向けた会葬礼状には、ユーモアを交えた文章を用意し、病魔と闘いながらも人生のエンディ
ングに向け、完璧に近い「終活」を進めていたといいます。
金子さんの場合、余命を宣告されてから約2か月で葬儀や墓を手配したと伝えられています。自身の死
と冷静に向き合って、「終活」を見事にこなされました。
◆今自分ができること、やらなければいけないことをやる
亡くなってからではできないことは遺族に任せて、今自分ができること、やらなければいけないことをや
るべきではないでしょうか。
人の死は突然に訪れることもあります。そのとき、葬儀をおこなう遺族が、遺影写真をどれにするとか、誰
に連絡をするとか、葬儀の内容はどのような形式で行うとか、葬儀の一切を考えるのは、なかなか大変なこ
とです。
反面、葬儀が終わるまでに与えられた時間は大抵の場合、あまり多くはありません。これでは葬儀社の指示
のままに葬儀が進められ、気が付けば葬儀が終わっていたということにもなりかねません。
葬儀というものが単なる作業になってしまいます。
現代はまさに個性尊重の時代です。自分の死後のことであっても、前述の金子さんのように、自分で決める
という時代なのかもしれません。
最近では、エンディングノートなどで、自分の最期のステージをどのようにしてほしいかを表明する方法も
あります。
家族葬 奈良 ESS